僕は青春を失ったのか
二十代前半くらいの女の子と酒を飲んだ。
と言っても、別に二人きりでもないし、残念ながら色っぽい話には発展しない。
まあでも、話題はちょっと色っぽい方面にも行った。
その女の子は色恋沙汰に悩んでいるらしく、なんとなくその場にいたもう一人と一緒に、恋愛相談を受けるような構図になった。
話を聞いていれば「まず、男ってのは大抵の場合はもうヤリタイってことが第一だよ」とか「厳密に言うと『男女の友情』は存在しない」だとか「そういう状況を自分で利用できるならすればいいし、出来ないならすぐ止めちゃえ」なんて、それなりに年上の男の立場から言えるようなことはあるわけですね。ちょっと偉そうに。
まあ、でもそうやってさ、いつもの身も蓋もない感じではなく、少しは気を遣って、サランラップくらい被せるように言葉を選んだりはしていたんだ。
だがしかし、そんな恋愛相談に内心、かなり早い段階で
「あ、どうでもいいや」
なんて思ってしまう自分がいたわけですよ。
そもそも他人の色恋なんてどうでもいい、っていうのはあるだろうし、ましてや女の子の側からのそれだからね。
でも、あまりにも「どうでもいい」と思ってしまう自分に、ちょっと戸惑いを感じてしまったのだ。
あれ、ちょっと前までは、おれもこんな感じあったよね? でもいまはだいぶ違ってない? なんかとっても遠くない? その真剣さ、なんだろ。ありふれた恋愛と自分の生活と将来とか夢が直結してるっていう根本的な姿勢の違い?
そういうの、なんだかとっても遠く感じるよぉぉ!
なんて、動揺までしてきちゃった。
そういうわけで、三十路に突入してまで、こんなタイトルのブログを書いているのだ。
『僕は青春を失ったのか』
……ああ、なにをいまさら!
「たりめーだろ、んもん、とっくにないから、お前には。痛えこと言ってんじゃねえよ、オッサンが」
そんな台詞が聞こえてくる。
例えば、ついこないだ、地元の喫茶店で隣り合わせた女の子達の声で。
「ごめん、10日は授業外せない。いけないや」「そっか」「でもマジ金ないよね」「ないねー」「あー、明日9時まで。がんばらんきゃ」「池袋、どう? 楽しい?」「客はオヤジばっか。ケチ臭い。あとはなんか、ヤバいの多いし」「じゃあルカは?」「あそこも最近ヤバい。未成年もろ分かりの子が増えたよね。中学生とか」「そんな店じゃなかったのに」「変わったよね」「でも18過ぎると、楽だね」「うん、いろいろ楽」「成人式、どうする?」「髪染めたいよね、変な色にさ」「ピンクとか緑?」「うわ、それヤバ」「やめろしwww」「でもハタチ過ぎたら遊べないよね」「なんで?」「いや、人生あるし」「そっかー。そうだね」「わたし主婦になりたい」「え、なんで」「え、楽じゃん」「そっか。じゃあ主婦会やろうか」「いいね。子供は旦那だね」「でも一人だけ結婚できてなかったりしたら辛い」「頑張れよ(笑)」「それかニートになってたりして」「それ辛い」「でも、そっから這い上がるから」「うわ、マジで這い上がりそう」「しかも、早いよ。タタタって駆け上がるし」「wwwww」
彼女たちは大宮だか春日部だかの派遣のキャバクラでバイトしながら専門や大学に通ったり、別の仕事を持っていたりするらしい。でもそこまで派手なわけでもスレきっているわけではなく、いわゆるイマドキの、まあ普通の女の子なのだろうと思う。あの頃、あの教室に、かつて自分のすぐ側にいたような女の子たちと、きっとそうは変わらないはずだ。
彼女たちは若く、あけすけに恋や性を語り、LINEで特定や不特定多数の世界に接続し、友情と未来と人生なんかに適度に真摯なんだろう。
限定された一時期と自ら認識しながら、いまその青春を謳歌する。やがて経験と歳月を重ねオバサンという人類の最終進化形態へとメタモルフォーゼ。その過程で少しでも条件のいいDNAと交配し世界を再生産、そして死んでいくのか。
「なんだ、結論はやはり諸行無常か」と我が思考の定石にため息つき、そこから「だからこそ青春は美しい」などと思い直してみる。だがしかし、それもまた定石。
開き直ったオッサンにもなりきれず、さりとて若くもない自分自身を鑑みてはやはり憂鬱が心に這い寄る。持参の文庫本は積んだままろくに読めずに、飲みかけの珈琲はすっかり冷めた。
つまり人生は死に至るまでの因数分解であり、瞬間は過程なのだ。
などと自分でもよく意味が分からぬ言葉で我が憂鬱にイロドリ加え、そしてまた彼女たちの会話に聞き耳を立てる。
ところで、こうやって彼女たちの会話を再現できるのは、密かにメモをとっていたからだ。iPhoneは便利だ。イヤフォンで音楽聴きながらネット見てます、というふりをしながら盗聴してデータを残せるのだから。いや、我ながらかなりキモいけど。
さらには、知り合いにその実況中継まで始める。
彼女たちのこの会話を、この状況を、誰かと共有したくなったのだ。そういうとき、たしかにLINEは便利だ。繋がる世界。押しつける個人の感傷。
「まず、お前のその盗み聞き癖、超キモい。あと、その微妙な上から目線。死んだ方がいい。キモい」
ありがたいお言葉をくれたのは、二歳下のアラサー毒舌女王だ。まったくもってもっともな意見で、心に突き刺さる。
「……まあ、でも、とりあえず女子会はさ、ファミレスでやってくれよって話だよ。ガールズトークが否が応でも聞こえてくるんだもの」
大人の良識ぶって、僕は体裁を整えようとした。
「じゃあ、お前がファミレス行けよ。勘違い糞ニートオヤジが」
吐き捨てるような女王のその台詞で、実況LINEは絶ち切られた。
少し泣きたくなった。
それから隣の女の子達は夏の旅行の計画を立て、その場にいない友達の彼氏の写真をFacebookで見つけて「マジでありえないwww」とその不格好さを笑い「これから海とか行っちゃうか。明け方ちょっと寝れば平気っしょ」と若さを炸裂させながら宵の口、元気にその店を出て行った。
なんか色々こえーよ。若さとは、女とはなんだろう。
いや、そもそも僕はむかしから女性が怖い。でも怖いけど嫌いなわけじゃなくて、むしろ好きだったりするんだけど、それはしかし……。
おっと、大幅に話がずれた気がする。
なんだっけ。
ああ、恋愛相談か。青春を失ったっていう話か。
その微妙な飲み会の帰り道、埼玉の実家への長い旅の途中、僕は考えていた。
意外と回っている酔いのなか、総武線からの乗り換えを何度かミスりながら。
考えてみれば、いまから五、六年前には既に、こと恋愛に関して僕は真剣味を失っていたのではないか。
ある女の子に中途半端に手を出して、ちょっと厄介な状況になりそうになったときだ。そのときに思ってしまったのだ。
「あ、面倒臭え。もう、いいや」
そして、そんな自分にちょっとショックを受けた。
それまで関わってきた女の子の、例えば性格上の厄介さ、如何ともし難い面倒臭さ、そういった部分にこそ興味と関心と愛情を抱いていた(少なくとも実際に付き合ってから暫くはそれが続く)つもりだった。しかし、もうそうではなくなっていたのだ。それに気がついてしまった。
「こんなことはいままで散々繰り返し、この先どうなるかも簡単に想像がつく」と妙に醒めている自分がいた。そうなると、もうその相手の厄介な部分を真剣に引き受ける気にはなれない。
どうせ受け止めきることなど不可能だと諦めてしまっているのだから。
「なにかが終わったんだな」と、そのとき悟ったのだった。
つまり、僕は青春を失っていたのではないか。
あの時点で、もう既に。
少なくとも、青春のうちの大きな要素の一つは、確実に。
そこから間もなく怒濤のように僕は身体を壊し、リアルに精子、じゃなくて生死のあわいを揺らぎ、青春とか恋愛とかそれどころじゃなく深刻で陰鬱な日々を数年間過ごしたわけです。
いま振り返ると、まあそれでも楽しかったこともあるけど、全体的にはもう暗闇ですよ、ダークネス。二十代半ばからもう暗黒時代ね。空白なの。すっぽりと。
で、数年後、奇跡のように病人生活から解き放たれた。
半端じゃない開放感に戸惑いながら、やっぱ娑婆は楽しいところだなんてヘラヘラしてた。眩しかったね、久しぶりに友達と飲みに行くとか、ちょっと街に出かけて優雅に喫茶店でランチ食うとか、そんな何気ない日常が、本当に。健康って素晴らしいね。
そしたらさ、あれれ、いつのまにやら、もう三十路ですよ。
え、まじ? っていまでも思うもんね。自分の年齢にさ。
おい、こちとら三十路だよ。
怒られるんだよ、むかしと変わらずに「うんこ」とか「ちんこ」とか「まんこ」とか言っていつまでも喜んでると。怒るんだよ、ちょっと前まで一緒にそんな言葉でゲラゲラ笑ってた奴らがよ。「ちょっとは進歩しろよ」とか言われんの。マジかよ。ちんぽしかしてねえよ、おれ。しまいには結婚したり家庭持っちゃったりし始めて、落ち着いたムードなんか醸しちゃって。で、おれなんかもう意地になってね、うんこちんこまんことか、もう無理矢理ね、心に血の涙を流しながら、それはもう悲壮な覚悟ではしゃいでいるわけだけどね、一人で。これはもはやレジスタンスだよ。でも最近は自分でも流石にそろそろ見苦しいんじゃないかって鬱に片足突っ込みかけている、いま、そんな三十路ですよ、こちとら。
てやんでえ。
そういうわけで、なんだっけ?
あれか。
青春なんて、とっくに失っていた。
そうだ。ただそれに気がつかなかったか、忘れていただけだったんだ。
いま急にそれを無くしたような気がして、また動揺してる、それだけ。
その二十代前半の女の子の恋愛相談に、あれ、色恋って、こんな真剣になれるもんだっけって驚かされてさ。
なあんだ。
じゃあ、青春を無くして久しい男としては、どう振る舞えばよかったのだろうか。
まあその答えは簡単だ。分かっている。
開き直って、その相談にガンガン乗るべきだね。大人の男ぶった感じをせいぜい振りまけばよろしいのだ。
実際に、一緒に相談されたもう一人の人は、まあ僕よりさらに年齢も上なので、もう完全にお父さんか親戚の叔父さんみたいになっちゃって、でもその厳格で真摯な言葉が、相談者には染みていたようです。
それに対して僕のアドバイスなんてのは、やっぱ中途半端だったんだろうな。どっちつかずで。
これはいけない。
相談にはちゃんと乗ってあげよう。
大人の男として。
そしてあわよくば、その女の子にも乗ってやろうじゃないか。
相談に乗ってるうちに相談者にもライドオンなんて、ほんとよくある話だろう。
それを確信的にやってしまえるのが、大人の男じゃないかね。
ダーティサーティ、若き純情あざ笑え。青き春など食い散らかせ。
そして世界を独り占め。
なるほど! よし、次は見てろ!
というわけで、僕はどのようにして青春を失ったか、でした。
あー、やっぱもう無いのか、青春。
……いやいや、待てよ。まだだ。リローデッド。
僕はいまだ見苦しく未確定で、何も手にしてはいない。
ここで大人しく「グッバイ青春」などと呟いて自分でそれに頷いたところで、つまりは枯れて消えるだけ。死の淵から舞い戻った意味がない。
大人の男? 恥ずかしながらそんなものになってはいない。だってスポーツカーを乗り回すどころか、運転免許すら持ってない。アーバンライフなマンションもない。むしろ郊外の実家に出戻ってしまった。もちろん嫁などいない。むしろオナニーの回数増えた? 精神状態は思春期に退行して童貞膜が再生されかかってる。
つまり、僕はなにも持っていない。
持たざる青年に足掻きや焦燥が消えたら、ではなにが残る? 本当になにもない。それでもいまだ燻る心がまだある。それが僕の中身だ。そこがリアリティーだ。
見苦しかろうがなんだろうが、それがREALならその歌を唄うしかないのだから、唄えばいい。まだまだカラオケで熱唱できるぞB'zに黒夢、あとはKICK THE CAN CREWの『アンバランス』なんか三十代で唄うの流石に恥ずかしいけど、久しぶりに聞いてみたら、やっぱいい曲じゃないか。
恥ずかしくて痛かろうが、なんだってもう、しようがねえじゃないか。
と僕はイヤホンの音楽に心を浸して気がつけば夢中に、心は空中に。放心状態。
そういうわけで、また電車を乗り過ごしていた。
山手線で秋葉原まで引き返しながら、僕は友達やら女の子やらにLINEを飛ばしまくった。
酔ったときはやりがちな行動だ。見苦しい。でもそれが僕だった。
地元の幼馴染みとのLINE。
僕「もう、おれたちはオッサンなのだろうか」
エノーン「失ったって、いまさら。オッサンだよ」
僕「そうかな」
エノーン「だって同級生ケトカだぞ。オッサンだよ」
……辛くなった。
だってケトカは、すっかり禿げている。体毛はその分濃い。→東北旅行 9/10〜9/13 - もうこはん日記参照。
見た目も言動も、どうしようもなくオッサン。酒癖も悪い。腹も出ている。嗚呼、オッサン。まあ、いい奴ではあるけれど。あれと一緒かよ。それはもう言い逃れできない。オッサン。
僕「あれを例えに出すなよ」
エノーン「まあ、それもそうだな」
僕「おれ達、もう少しマシなはず。そう信じたい」
エノーン「ところで、タイ人のイケメンという人に会ったんだけど」
僕「タイ人?」
エノーン「鼻毛ボーボーだったぞ」
以下、限りなく不毛な地元密着マイルドヤンキー会話になったので、ここでカット。
そしていつだって、酔ったメールや電話の本命は、やはり女の子。
僕は女の子が好きだ。酔うとそれに素直になる。素面のときは自意識が厄介にそれを疎外している。だから中途半端に硬派ぶったり。でも実際のところ、ナメクジ飲み友達の男の二、三人どこかに売り飛ばし、その代わりに素敵な女の子を一人でも仕入れられたりしないものかと常々考えている。それくらい好き。男はいらない。僕は女の子が大好きだ。
だから、気になる彼女にLINEを送る。
さて彼女とは最近仲が良い。いやもう、むしろぶっちゃけ、ちょっといけるんじゃないか、と自惚れていたが、それはやはり勘違いかもしれない。はっきりしない。もしかしたら嫌われているのかもしれない。でもやっぱり好かれているような気も。分からない。でも、そんなもどかしさが、あれ、これは恋なの? ラブなの? なんて乙女色した気分に僕を誘う、そんな女の子。
女の子、って言っても僕より一つか二つ年上で、やっぱりいい歳なんだけど、見た目若いし可愛いから無問題。むしろ年齢近いから話もよく通じる。彼女も酒好きだ。そこもいいね! 酔ったときの仕草も可愛らしい。素敵だ。
くそう、どうにかやらしてくれないか思いを伝えなきゃ(アイドルソングみたいに)なんて常々思ってはいるけれどなかなか上手くはいかない、そんなあの子と繋がりたい。
ああ、酔っているからね。
そして彼女とのLINE。
僕「若さってなんでしょう」
なんだ、これは。我ながら、唐突。いきなり意味不明。10点中の2点だ。失敗した。
彼女「体力と肌質です」
だが意外にも返事はすぐに来た。いけるかもしれない。
僕「うわ、なんかREALだね」
リアルを英語表記したところが少し洒落ている。いや別にそうでもないか。
彼女「無知ですよね。でも、だから無茶できる」
あれあれ、なんか少し重たい感じがするぜ。
僕「REAL!」
とりあえずビックリマークをつけてみた。
『若さ』に対する彼女の見解は、やはり僕の考えとリンクしているようで、まあそれはつまり僕たちがもうさして若くない、ということなのだろう。
それが切ないような、しかし彼女とその感覚を共有できるのはどこか嬉しかった。
また彼女との線をつないでいく。
「物事に対して、深刻さは増していく気はするけど、真剣さは逆に薄れているような」
「分かる気がします。むかしはもっと真剣でした、色々」
「そうだよね」
「夢中になれない」
「うわ泣きたい」
「泣いたっていいんだぜ」
「真剣味と、あとは新鮮味かな」
「そうですね。ドキドキとかしたいですね」
「ドキドキ!」
実際のところ、僕はドキドキしていた。
それは、むかしに比べ確実に酒に弱くなり、さらにJRから私鉄への乗り換えで駅の階段を上り下りして体力の衰えを実感、つまり動悸息切れの類い。いや、そのせいではない。
彼女とのこの言葉のやり取りに、新鮮な胸の高鳴りを覚えていたのだ。
そうだ、僕は恋している。
ダーリン、アイオンチュー。夢中にならない君を夢中にさせたいことに僕は夢中なんだ。
恋する惑星 Faye Wong フェイ・ウォン 夢中人 - YouTube
「でも僕はまだ、その人の本音っていうか、魂のようなものに触れたときは、ドキドキするし色々感じるよ」
僕は思い出す。
冬の公演のベンチ、あれは二人で飲みに行った帰り、君は自分の青春の日々や、むかしの手酷い恋愛話をたくさん喋ってくれた。そのときの君はきっと心を開いていてくれたはずだ。だって僕はそのとき君の心を確かに感じた。そのように世界と立ち向かう君の魂を発見した。そのときから、君の存在が立体的になった。側にいれば目で追ってしまうんだ。
これを恋と言わずに、なんと言えばいいのだろう?
「それはいいことですね。そういう瞬間を、楽しまないといけないんでしょうね。幾つになっても。ほんとうは。」
彼女はそう答えた。
……そうなんだ。だからいま、僕に訪れているこの瞬間が、君にも訪れて欲しいと思うよ。願わくば、僕の存在によって。
僕はついこの間まで死にかけていて、とても酷い目に遭った。そのときに感じた絶望や、いまも開いたままのその空洞から聞こえてくる虚ろな声であるとか、でもだからこそ「生きているのは悪くない」なんて思えるようななにげない瞬間、そのコントラストが際立って感じられて、愉快と言えば愉快だ。幼い頃に感じた季節の匂いやあの中庭の光線、初めての一人旅の北国の風の肌触り、夏の前の高揚感、使われ仕事の倉庫の乾いた埃、夜の星の湿り気、あらゆる後悔、焦燥、突然振ってくるような恍惚、雲を裂いた太陽が海に注ぐ熱量、根拠のない万能感やなにか。とにもかくにも、これまで感じたもの、いま感じているもの、それらすべてを、君に知って欲しい。僕が決して経験出来ない、君のそれらも、すべて知りたい。見てみたい。味わいたい。そのすべてを二人で共有して、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜたい。そしてそのままどこかに持ってかれて、わけがわからなくなりたい。狂うのだったら、君と二人で狂いたい。そういう痺れを、いま僕の魂が欲している。そしてそれが出来ると思うから、君に惹かれているんだろう。諦めや失望があるからこそ、この衝動はより純化されて存在しているんだ。君だ、君さえが開いてくれ。それを阻むものはなんだ? 諦める理由なんて、どこにあるというのだろう。
「なんていうか、そういう核心に到達することとか、その瞬間を感じるのが面倒になってきちゃったのかもしれない」
彼女へのLINEも抽象的なものになってきた。内面で跳ね回るこの気持ちを、なんとかして彼女に伝えたかった。
「そうですね。そうかもしれません」
どうやら、彼女も分かってくれているようだ。
ああ、そうだ、そういうことだったのか。僕はなんとなく真理に近い言葉を発見した気になった。
「不感症だ。ちょっとマグロで、インポ気味になっているんだね、僕たちは!」
でもそれは、すぐに取り返せる。青春は永遠に失われたわけじゃない。
だって僕はいま、とても感じている。感じようとしている。感じることがすべてだ、他になにもない。五感すべてで君を確かめたい。過去も未来が現在に合わさって経験される。時間という概念を超える。君への情熱は四次元に突入する。
もう、びんびんだ。たまらない。
暴れまくってる情熱。青春でワンツースリージャンプ。
僕は高まり、敏感で、膨れあがって暴発しかけていた。
「いま僕は、すっごく勃起しています。だから、まだまだ大丈夫です。青春、青春!」
この気持ちを、伝えなきゃ! 恋とは、愛(糸)しい愛(糸)しいと言いたい心なのだ。旧字体の『恋』を辞書で調べて見たまえ。だから、僕は伝えた。
「あの、なにいってるんですか」
少し長めの間を置いて、彼女の返信。
しかし、ついに暴発した情熱は、彼女の反応などお構いなしにLINEに流れ込む。奔流は激しく一方的だ。
「だから見てくれ! この高ぶり! 荒ぶり! もう、勃ちっぱなし!」
もどかしかった。布地を突き破りそうな熱い魂の高揚の具現。いっそ、いまこの場で撮影して写メールを送りつけてやろうかと。しかし電車は混んでいて、さすがにそれは出来ない。ああ、もどかしい。
「いや、ちょっとさっきから、よくわかりません。また酔ってますか?」
かなり長い間を置いて、彼女からの返事があった。
本来降りるべき駅を三つほど行き過ぎ、しかし電車はそこで停まってしまった。終電だった。
仕方なくそこで降りて、ほぼ無意識のうちに目の前のコンビニで酒を買い足した。燃料だ、魂に火をつける燃料が、もっと必要だ。
そして情熱のガソリンが心に供給された。もう止まらない。
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「ぬおおおおおおおお」
再び彼女へのLINE。
どこかの企業がPRのために期間限定で無料配布していた擬人化されたキノコのスタンプ、僕はそれを押しまくった。
そのキノコ人間は、全身で力んで踏ん張って、反り返っていた。
つまり勃起状態の男性器、そのメタファー。とくにこの文脈では、そうとしか捉えられないだろう。
高橋名人ばりの16連射。ポンポンポンポンポンポンポン……。
彼女とのLINEが、怒張したきのこスタンプで埋め尽くされる。
途中で少し飽きがきて、楳図かずおの絶叫スタンプも織り交ぜた。それからまた勃起スタンプ。
情熱が止まらない。
そのとき僕は愛に溢れていた。完全に酔っていた。悪酔いでございます。
松崎しげる『愛のメモリー』autumn2008 - YouTube
……まあ、そういうわけでね、それから彼女との連絡は途絶えています。
ときどき「いやー、競馬行ったら微妙に勝っちゃって」とか「あれ、いまいる喫茶店、すごい空いてる」とか限りなくどうでもいいメッセージ送ってるけど、スルーだからね。既読ついてるけど。いわゆる既読スルーというやつだ。
あっはっはっはっはっは!
……嫌われたんだぜ、きっと。
つまり、僕は現在進行形で青春を失っている。
でも、逆に考えてみよう。そうしないと、やりきれないしな!
「失うというのは、失うものがそこにあるということだ」
ほら、ちょっと良いこと言った。
まあ、三十路ロードを歩き始めても、心の持ちようで青春なんていくらでも再生産可能なんだと思うわけですよ。
失い続ける。でも再生産。
その繰り返しのなかで、あるいはその青春の衝動は、摩耗ではなく、純化されていくのかもしれない。
諦めても諦めきれずに湧く衝動を、またそれが儚いものであることを、僕たちは既に知っているのだから。
「まあ恋をするだとか、酒を飲むだとか、つまりはそういうことさ。失うことや二日酔いの苦痛も込みで、一つの得がたい経験なんじゃないかい。それを丸ごと味わったらいいんだ。だから僕は今日も酒を飲むし、また君も恋をするだろう。どうだい、もう一杯?」
恋に悩む女の子には、今度からそうやってアドバイスを送りたい。抜け目ない大人の下心をちらつかせ。
そして尊敬と憧れの濡れた瞳で見つめられたいね。
なんつって。
もう自分でもなに書いてんだか分かんねえ。
うっかりとこんな文章に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
あー、ほんとに無駄に長くなった、疲れた。
でも失うものって、他にも色々あるよね。
ぱぱい。