もうこはん日記

いまだ青い尻を晒せ

【怪談】老人を喰いものにする話【都市伝説】

 羽毛布団とかサプリメントとかマッサージ機か健康食品か仏壇なんかの実演販売などをやって老人を騙して食いものにしている青年がいる。その青年は職業柄か一見爽やかで人懐こく、お客の老人達にも可愛がられてたりする。特にある一組の老夫婦には孫同然のように思われていた。しばしば夕ご飯をご馳走になり、青年の方もちょっとした力仕事も引き受けたりして、互いの他に身寄りのない老夫婦の慎ましい暮らしの中にすっかり溶け込んでいた。もちろん青年には狙いがあった。おじいさんが大切に保管している有価証券か土地の権利書か意外にも高額の貯金とか骨董品とか、そういった隠し財産的なものの存在を知っていたのだ。そして青年はまんまとそれを騙し取り、ショックを受けたおじいさんは自ら命を絶ってしまう。当然、おばあさんもすっかり打ちひしがれているが、どうやらおじいさんの死の原因は知らない様子。青年の心に一抹の良心の疼きがあったのか、それともまだ腹に魂胆があったのか、おばあさんが一人住む家に出向いていく。青年はおじいさんの死を悼む言葉を吐き、おばあさんに対する慰めの態度を示す。「……ありがとうねえ」とおばあさんは青年に礼を言って立ち上がる。そのまま台所に立ってこれまでのように食事の支度をしているおばあさんに、青年が声をかける。自身の生活の困窮を訴えて、また以前のように商品の契約をさせようと。あるいは元気のないおばあちゃんの健康の為と親切ごかして、またはより直接的に半ば強引に、自分の利を隠すこともなく話を進める。もうおじいさんはいないから。遠慮の必要はない。おばあさんが大きな土鍋を抱えて居間に戻ってくる。「今日は鍋だよ。食べていきな。栄養つけなきゃね」グラグラ煮える鍋は濃いめの味噌味。これまでは薄味の煮しめや地味な焼き魚とか、いかにも老人らしい献立ばかりで内心辟易していたが、これはどうしたことだろう。大量の肉も入っている。鍋に箸をつけつつ、青年はおばあさんに新規の契約を迫る。だから今月もヤバいんだよ。上司がほんとに酷いやつで、景気も悪くて厭になっちゃうよ。でも頑張らなきゃじゃん。だからさ……いつものように、おばあさんの情に訴えかけつつ、青年は新商品の説明に入ろうとする。
「……無理だよ」え、なんでよ。「もう、おじいさんはいないから」分かってるよ。だから、おばあちゃんにはもっと元気つけてもらわなきゃ……。無表情なおばあさんの視線が青年が持っている箸の先と、煮え続けている濃い色の鍋の中身を往復する。
「それが、おじいさんだからね」
 箸を持ったまま固まった青年は、次の瞬間に激しく嘔吐した。それから場面は変わって病院。長期入院患者の青年は見る影もなくやせ細っていた。食っても食っても吐いてしまう。それは老人を喰ったからだ。
 
 
 

以上のような怖い話を人から聞いて、とても怖かった。

なんとなくリライトしてみたら、ちょっと内容変わってた。おじいさんが自分のせいで死んだことを、青年は知っていたか知らなかったか。「知らなかった」ほうが、青年にまだ同情の余地があるだけ怪談としての恐ろしさは上かもしれない。でも「知っていた」のにヌケヌケとおばあさんのところに顔を出して信賞必罰的に「おじいさん鍋」を喰わされる青年の話の方が、自分の好みなのかもしれない。

途中から明白に分かってくるオチに、やっぱり陥ってしまうような感覚。そっちの恐怖の方がなんとなく自分には恐ろしい気がする。

 

それから、この話をしてくれた人に出典を聞いたけど、どうも分からないらしい。多分ネットの怖い話だと言って、本人が検索したけどいっこうに出てこない。

なんとなく平山夢明ぽいかなと思うんだけど、どうだろうか。

 

異常快楽殺人 (角川ホラー文庫)

異常快楽殺人 (角川ホラー文庫)

 

 

あと、最近またちょっとノワール趣味みたいのが復活していて、それで読んだ本のせいかもしれない。

 

 

 ↑こちらは普通に読み物として面白かった。

 

 

老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体 (ちくま新書)

老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体 (ちくま新書)

 

 ↑でも内容のリンク的にはこっちかな。まだ読んでないけど。

 

 

まあ、そういうわけで、どちらのパターンにしても、映像化したときに青年の役を演じる俳優としては、杉浦太陽がピッタリだと、さっき閃いた。

そう思いませんか。
太陽のメッサ食べ太陽。

 

ameblo.jp

 

 

キッチン走り、各地で老人を補給。そして過食嘔吐
ちょっと納得出来ませんか。

 

 

……などと顰蹙を買いながら、今回の投稿を終わります。

 

ぱぱい。

 

 

地ベタのおでん

引っ越しました。
 
そういうわけで、数年振りの一人暮らしを再開した。
場所は北区。
ざっくばらんな庶民の街で、駅から六分の、こじんまりとした部屋を借りた。
なんとなく、この街のことを少し書こうと思ったので、書いてみる。
 
さて、駅前から路地に入ったところには蒲鉾屋があって、そこでは、昼からおでんを肴に飲める。自家製の練り物が売りの店だ。
 
ある日、その店の前を通ると、大きなおでん鍋がある店頭の立ち飲みコーナーで、自分と同じくらいの年代と思しき女性が、地べたに倒れ込んでいた。彼女はとても小柄だった。小柄、というよりは、手足が極端に短いように見える。そのせいで一見すると子供のような印象も受けるが、飲み台の上にはコップ酒。そして悲嘆に歪む顔かたちは、三十路過ぎの女性のそれに違いない。年齢なりの、または年齢とは無関係の、彼女そのものに由来するやりきれなさがあるのだろう。転がりながら泣き喚き、しきりに何ごとかを訴えている彼女のバランスは、とてもちぐはぐなものに僕の目には映った。
その彼女を見下ろすようにして、80くらいのお婆さんが声をかけている。その店のおかみさんだろうか、居合わせた客だろうか、それとも通りすがりに足を止めただけの近隣住民なのだろうか。エプロン姿で色黒でしわくちゃの、しかし背筋がシャンと伸びたお婆さんだった。
だだっ子のように地面に転がる彼女を、窘めるというか、諌めるというか、慰めているのだろう。
 
あんたも立派な親御さんの元に生まれたんだから、しっかりしなきゃだめよ。あなたの親御さんたちは……。
 
彼女は咆哮するようにそれに答える。
 
……どゥわッてェ、ゔァたじなんかァどォゥせェ!
 
煮えているおでん、前後不覚で泣きわめいては地面を転がり続ける女、厳しくも人情に溢れた言葉をかけ続けるお婆さん。
まだ昼を少し過ぎたくらいの時間に、なかなかの光景じゃないか。
くたくたになった昆布や練り物からの出汁が、大根や卵やはんぺんに染みこむように、その温もりも、もがき回る彼女の心にも少しずつでも確実に、染みこんでいるのなら、それはいいなと僕は思った。
 
しかし、個人的な問題と言えば、彼女は大根なのか、お婆さんは老いた昆布なのか、では僕ははんぺんであるのか、その鍋のなかの位置取りはどうなっているのか、どれほどの火にかけられているのか。「社会」というものが、どれくらい彼女に辛く当たっできたのか、どのように月日がその頬を撫で皺を刻んでゆくのか、自分由来の出汁が反映される鍋とはどの程度の「社会」なのか、それになんという名前をつけてどんな店を出すのか。
そこに行き当たってしまった。
つまり、崩した卵の黄身が溶け込んだ汁のように、僕の思考はおでん世界に混濁した。今日はまだ酒も飲んでいないのに。練り辛子をそこに追加して下さい。
 
胸が締めつけられるような気分になって、足早にそこを去り、近くを流れる川沿いのベンチに座った。
普段もう吸わなくなった煙草が吸いたい。中二病の乳首のように。

 

『この世の不幸は、感情操作と愛想笑い。
みんなが夢中になって暮らしていれば。みんなが夢中になって暮らしていれば。
別になんでもいいのさ』
 
幸せ者

幸せ者

  

無責任に口ずさむと、この曇天の空のように中途半端に無責任な気分になって、どこか中途半端に救われたような気分になって、大きく足を投げ出した。
別になんでもいいいのさ。
 
なんだか僕はそこから動けないような気分になって、その日にしようとしていたこともすべて投げ出汁たくなった。
そのまま冷めかけたおでん鍋にたゆたって、いっそ腐れるに任せればいい、などと思ってしまった。
 
しかしこのままでいられれないことも分かっている31歳になった冬も生存は続く。ということは生活という活動をすることを強いられるのだ。意志とは関係なく。税金よりそちらが先。ああ、右目の下が痙攣して止まらない。視界が狭くなる。僕も所詮はつまらない畸形か。単に進化論に取り残されるだけの。泣けた。しかし持ち前の狡猾さから彼女にその旨をLINEして大袈裟に持てあました感情を伝えると、自己犠牲を信奉する僕の彼女は自分の仕事を早々に切り上げてマイカーに乗ってその場に駆けつけてくれた。無責任な出汁が効いた涙をとくとくと流しながら、歯に挟まった牛すじのような感情を垂れ流す僕の白滝を彼女はいつものように受け止めてくれ、保護者のような彼女同伴でなんとかアパートの契約という社会的通過儀礼を切り抜けた非正規雇用の僕であった。収入証明はそれなり、まあ人並み、あるいはそのちょっと下くらい。しかして挙動不審の僕に社員証と安定と信用はない。陳腐な屈辱と引き替えの契約に意味はあるのか。あるんだろうな、この世界では。社会人とは会社人なのか。死ね。
ああそれでも、両親が公務員で良かった!
と、この歳になっても老い始めた親を熱海・箱根辺りの温泉旅行に連れて行ったこともない、汎用な発想を憎みながらもその汎用な規範に縛られもする一人の30男は窓から顔を出して叫びたい、うんこみたいな世の中に。
それでも、愛してる。
おでん鍋はコラボレーション。煮えたって、いい出汁が出てそれが染みこめば、大抵のものは食えるよ。

ホクシン交易 おそ松くん チビ太 直立マーカー W09FUM0074

 
 
そういうわけで、なんとか部屋を借りた。
 
これで満員電車の乗り継ぎの通勤地獄が緩和される。殺害していたも同然のドアトゥードアの片道1時間半強、往復3時間少しの時間が浮いた。幾ばくかの家賃、光熱費その他諸々との引き替えに、手に入れたこの時間。
さて、それで僕は何をしよう。
さしあたっては、駅前のプロントでお得用ハイボールを立て続けに二杯飲んでからの酔いの勢いで、このブログは書かれている。結構楽しい。
また、あの蒲鉾屋にも行くよ。いいところだよ。行ってみたくなった人は、一緒に行きませんか。
 
 
ぱぱい。