もうこはん日記

いまだ青い尻を晒せ

恋文地獄篇4~冬のはじまり~

『拝啓
恋人よ

冬が来たようです。
コンクリートの壁を伝うように、凍てつくような寒さが僕の部屋を包んでいます。
そちらは、寒くはないでしょうか?

恋人よ、
こうして時候の挨拶なんて並べてみたって、意味のないことは分かっているんだ。
どうせ君には届きはしない。君は移ろってゆく季節のなかにはもういないのだから。

それでも僕は考えてしまうんだ。

君にはどんな冬が訪れる?
冬の夜に、暖かい部屋で寒い心を暫し忘れているのか。
澄み切った空気の明け方には、世界が妙に鮮明に、白々しく残酷に見えないか。
身を切るような冷たさの風に、君の心はどう立ち向かうんだ。
雪景色の街に新鮮さを感じて、君はそれを誰に、どんな風に伝えている?

雪化粧の恋人よ、
僕は君の冬を知らない。

どこにもいない恋人よ、
僕の世界は君によって形成されてしまったのだから、君を想うことでしか開きようがない。
なんともつまらない世界だと、君にこそ否定して欲しい。
不在の君が僕の立脚点だなんて、寂しすぎる話だ。

愛しい恋人よ、
矮小な前提に耐えられず、僕は君を否定する。つまり僕自身を否定する。
けれど、否定された世界の向こうに、いつも僕を笑っている君が見える。
もう幾度それを繰り返したのだろうか。』



 早朝の快速電車は初雪の東京を走る。私にはその疾走が自身の心のように思える。

 外はまだ暗く、向かいの車窓は私の姿を映している。少しワザとらしい仕草でネクタイを直してみる。身体には活力が溢れている。この間までの無気力状態が嘘のようだ。就職活動など、簡単に乗り切れるだろう。昨日の面接も悪くない感触だった。スタートが出遅れているのだし、もとより高望みはしていないのだ。仕事にやり甲斐など求めてはいない。そこそこの生活を維持できる収入、社会保障、私が就職先の企業に望むのはそれだけだ。曲がりなりにも私は高学歴、そして持ち前の屁理屈でよく回る舌を駆使すれば、それなりの企業には潜りこめるはずだ。学歴社会と人を見る目のない人事担当者、万歳。そして等しく糞食らえ。
 労働はあくまで手段であり、目的ではない。社会参加の意義を、青臭い学生の自意識で考える必要はもうない。私の人生に欠くことの出来ないもの、糞を食らえど守るべきもの、それは愛だ。肝心なのは彼女と共に生きることなのだ。

 この糞みたいな世の中、確かなものは何もない。色んなものが既に「終わってる」のだ。誰もが共有出来る価値観なんて本当は存在しないことは、きっと誰もが気づいている。そうでない人間は、余程の低脳か、気違いである。少なくとも私にはそうとしか思えない。他人が後生大事に抱いているものはよく見るとウンコに見えたりもするし、自分が大切に守っているものは、他人から見れば電信柱に擦り付けられた鼻くそかもしれない。
 それでも、人は何らかの幻想を持たねば生きてゆけない。幻想の「共同性」が失われたいまだからこそだ。自分の儚い幻想を「宝物だ」と信じ、守り通してゆくべきなのだ。あっは、ぷふぅい、埴谷雄高的自嘲を挟みながら、それでも私は言おう。
 それを抱き一生の道連れとすべき幻想が、宝物が、他人に譲れぬうんこが、私にとっては「愛」だったのだ。ありきたりで陳腐な回答だと言われても構わない。

 引きこもりの暗闇の中、あらゆる観念が、ヴィジョンが、私の頭をかき乱しては去っていった。絶えず受信される電波を、あるいは自分のうちからの告発を、お仕着せの道標を、ありきたりの狂気を、私は罵り、拒絶し、その支配に抗った。
 繰り返される混乱に疲弊し疲れきった私の脳に、ふと、彼女の笑顔が浮かんだ。暗い夜、ぼんやりと暖かいランプの灯りを眺めるように、私は彼女の笑顔を飽きることなく浮かべた。気がつけば涙が頬を伝い、そんな自身の安易さに笑ってしまったが、私はそんな私を肯定した。
 私を私から救えるのは、彼女だけなのだ。彼女が私の救済に違いない。熱に浮かされたような気分で幾日振りだか分からないシャワーを浴び、伸び放題の髭を剃った。外に出るともはや冬の空気だったが、その寒ささえ心地よく感じた。そのまま近所のネットカフェに入り、就職サイトに登録をした。

 私には彼女が必要だ。失くしてはならないものだったのだ。
 だから、私は彼女を取り戻す。
 彼女が不安だと言うのなら、就職でも何でもしようではないか。大切なのは彼女と一緒にいることなのだから。挫折者が、あるいは十分な挫折すらし得なかった凡夫が、惨めたらしい人生を肯定するために「愛」にすがる。以前の私ならば、そう定義した結論だ。だが、それはそれでいいではないか。私はこれまでの私にすっかり手の平を返そう。彼女がいれば、あとのことはどうでもよろしい。もとより、どうでもいいことが多い人生なのだ。
 ――仕事帰りに駅で待ち合わせをする。少し遅れてやってきた彼女は、マフラーに顔を埋めるようにして「寒いね」と言う。「うん、寒いね」と私はコートをたくし合わせながら答える。商店街で夕食の材料を買って帰る。今晩はシチューだ。大きめに切られた馬鈴薯のように、二人の家はほっこりと暖かい――
 そんな幸せの風景が、まるですぐそこにあるように、私にはありありと思い描ける。

 さあ、彼女を迎えに行こう。線路の振動が心地良いリズムを刻む。電車は私を彼女の街へと運ぶ。



『拝啓
恋人よ

君を忘れた世界は新鮮だ。
自分のなかに無垢な部分を発見して、そこからの自分が在りうるように思うんだ。

だから恋人よ、
頼むから、その声を僕に響かせるのは止めてくれ。
僕は僕の色で僕を汚したかったんだ。
それが錯覚に過ぎないとしても。』



 向かいの席には、朝が早い現場なのだろう、ニッカポッカの労働者(確実に元ヤンキー、日サロ黒肌、ド金髪、鼻ピアス)が腕を組み、じっと目を瞑っている。私は「兄ちゃんも大変だね。寒いだろうけど、風邪なんか引かないようにね。お互い頑張ろうぜ」などと心の中で一方的にエールを送る。
 端の方の席では、これから登山に行くと思しき老人がリュックからアルミホイルの包みを取り出す。こちらの方まで海苔の匂いが漂ってきて、思わず笑ってしまう。鶴のように痩せ、もそもそとお握りを頬張る様子が少し滑稽なこの老人にも、色々な人生の場面があったのだろう。――旧満州からの引き上げ、極限の状況で気丈に振舞う母の姿は、いまも忘れられない。学生時代に恋した風呂屋の看板娘は、あれからどうしたのだろうか。高度経済成長期、今こそ欧米列強に経済をもって復讐すべし、日本チャチャチャ、働き盛りの男盛り、妻には言えぬ夜の一つや二つ……それでも、あいつは黙ってついて来てくれた。定年を迎えた夜、シミジミと夫婦はお互いの苦労をねぎらった。子供たちも自立し、孫の成長が楽しみになり随分経つ。しかし、ついこの間生まれたと思った初孫がいまや中学生だ。時計の針がすっかり進みを早めたようだ――登山は若いときからの趣味だった。流石にいまではハイキング程度の山歩きだが、それでも妻は心配する。今朝も握り飯を手渡しながら、妻は言った。「あなたに何かあったら、私も後を追いますからね」「……馬鹿言うんじゃない」まったく、心配が過ぎて困る。穂高にでも行くのならともかく、これから行くのは奥多摩、多少雪がちらついているにしても、ちょっと気の利いたハイキングコース程度のものだ。……そうだな、暖かくなったら、あいつも誘ってやろう。お互いに、まだ足腰はしっかりしているのだ。さて、二人で歩くにはどこがいいだろう――老人は、妻の握ったお握りを頬張りながら想いを巡らせているのだ。それは愛ではないか。ああ、なんて素晴らしい、愛。

 気がつくと、私は見知らぬガテン系青年の健康を祈り、老人の一代記をステレオタイプで作り上げ、挙句の果てには感動の涙まで流した。なんということか。これまでの私ならば考えられないことだ。基本的に他人に対しては冷淡で、心を尖らせているタイプの人間だったのだ。
 しかし、これからは違うだろう。

  目が覚めたのだ。気づいたのだ。
  何に?
  愛だよ、愛
  愛、それは永遠とセックスする瞬間だ。
 
 もう話は簡単だ。唾棄すべき世界は彼女の手を取れば瓦解する。彼女との眠りの中に永遠を夢見よう。愛する瞬間に思いを馳せ、あとのことは天使のような気分でやり過ごせるだろう。 相変わらず人生には意味がなく、ただ解釈だけが存在するが、私は「人生には意味がある」という解釈を人生に与えたのだ。それで良いではないか。徹夜明けの珈琲と共に訪れる光明は、午睡のあとの気だるさに霧散してしまう。だが、隣で眠る彼女の寝息に耳をすませば、私は明け方の革命を続けられる。「おはよう」から始まる一日に真理を見出せる。
 要するに、私は彼女を求めている。そして、それが私の全てだ。

 乗り換えた各駅停車が彼女の住む街にたどり着いた。駅からの坂道を下り、商店街を抜けて二つ目の角を曲がれば彼女のアパートが見える。日曜日のこの時間、ほぼ確実に彼女は家にいるはずだ。
 会わなくなってからの日々を、彼女はどう過ごしたのだろう。随分と辛い思いをさせてしまった。しかし私は変わったのだ。彼女の望むような私に。そして、それが私自身の望む私でもある。
 彼女への言葉を捜しながら、彼女のことを想いながら、私の革靴は降り積もった雪の上をサクサクと音を立てながら進む。わざとらしくスーツなど着てきた私を彼女は笑うだろうか。だがこれは私の変化を表した衣装なのだ。コートのポケットに手を突っ込み、白い息を吐いて辺りを見回す。見慣れていたはずの街もまた白く扮装していて、たまらなく新鮮だ。こんな朝には世界は美しいものだ。
 角を曲がる。もう彼女はすぐそこにいる。

 アパートの前、パジャマの上に赤いコートを羽織っている若い女が見える。雪化粧の白に赤のコントラストが映えている。彼女に間違いない。なんという偶然だろう。
 彼女は雪玉を転がしている。雪だるまでも作るつもりなのか。一人で、何をしているのだ。そういえば一昨年の冬も雪が積もって、彼女は「嬉しくなって作っちゃった」と雪だるまの写メールを送ってきた。彼女にはそういう可愛いところがあるのだ。
 いま私の目の前で一人で雪玉を転がす彼女。やはり少し寂しそうで、そして私にはたまらなく愛おしい光景だ。
「一緒に作ろう」
 早くその言葉が言いたくて、足が自然と速まる。



『恋人よ

君ときたら、まったくもってしつこいよ。
誰といても、何をしていても、その日常を愛せているつもりでも、君は運命のように僕を訪れる。
電車の中で、騒々しい夜の街で、明け方の部屋に、君は勝手にやって来る。僕はそのたびに幸福に酔い、殺意を抱き、欲情する。
決して抗えなかった。
君は、ずっと僕を支配してきたんだ』



「ねぇ、これさ、鼻にしようぜ」
 言ったのは私ではなく、一階の彼女の部屋から出てきた男だ。駆け出しそうになっていた足が止まった。
 ……あれ、あいつ、なんでこんなとこいるんだよ。社会人のくせに。朝だぞ、会社行けよ。あ、そうか今日は日曜日か。いや、でも、なんであいつが彼女の家から人参持って出てくんだよ。しかもお前、その綿入半纏さ、去年俺が買った……いや、正確には買ってもらったんだけど、とにかく俺が置きっぱにしてたやつと同じ柄だ。いや、そのものだ。あれー、おっかしいな。……おい、ちょっと、何寄り添ってんの? 優しく手を擦ってあげてハァーとか息吹きかけて……随分馴れ馴れしいね。え? で、チューなんかしちゃうの? ここ、天下の往来だよ。日曜の早朝つってもさ、人通るって……例えば、俺とかがね。

 何だかよく分からなくなった道をよく分からなくなった頭で歩いているうちに太陽が昇りきり、雪は解け始めた。革靴には水が入り込み、靴下がぐしょ濡れだ。泥水がズボンに跳ねて、それが乾いて固まっている。頬は寒さで冷え切っているが、ワイシャツは汗で肌に張り付いている。着慣れないビジネスコートが重い。公園では子供達がべちょべちょになった雪で雪合戦をしている。無邪気なものだ。だが少し観察すると一人が集中的に狙われていて、その子はいかにも加虐心をくすぐるような白痴面。
 世界は不様だった。それは私が不様だからだ。
 気がつけば駅にいて、しかしそれは今朝降り立った駅の三駅先で、しかも私の帰る駅から遠ざかった方面の先で、ようするに私は無駄に歩いた。運賃にすると百六十円分の損。そんな計算は何故かぱっと出来て、自分でもみみっちく思う。

 耳にテクノミュージックが軽快に流れる。こんなのライブラリに入れたっけ、と思うが気づかぬうちに入れたのだろう。そういうこともある。良い曲だ。ボリュームを上げる。
 駅の階段は急で、溶けた雪で足元が危ない。これでスッ転んで頭でも打ったら、まぁなんと状況に合い過ぎで、それもいいか、と思うが別に転ばない。絶望はテクノミュージックに乗って軽やかに曖昧に、などと呟くがイヤホンなので自分の声は聞こえず。階段を一段上るごとに、変調した無意味な言葉がビートに乗って流れ、とても音楽的。ぜつぼうには、テクノがよく似合う気がした。
 電車に乗ると、私は更にボリュームを上げる。頭がクラクラする。隣の親子連れの父親が迷惑そうな、非難するような視線を私に向ける。音漏れでもしているのか。しかしそれは諦めてください。世界は漏らし漏らされ、迷惑の相互干渉で出来上がっているのです。文句があるなら、殺せ、お前のガキの前で、私を。ラディカルな情操教育を身をもって示せ。これは心理的には真理です。

 そんなに離れた距離でもないのに、自分のアパートにたどり着いたのは夕方だった。もう日が沈みかけている。
 私はネクタイすら外さず、スーツのままで布団に潜りこんだ。


 
『愛しい恋人よ、
僕は滑稽なほど弱く、驚くほど無様だ。

そして、結局はそんな自分自身に隷属してきたのだ。』



「そういうことだから」とはどういうことだ。ああ、そうなのね、とでも言うと思ったのか? ……とりあえず、まぁ、そう言ったんだけど。そうだよ、結局は「ああ、そうなんだ」で済ますしかないことなんだろうよ。要はさ、あれだろ、彼女の相談に乗ってたら、彼女にも乗っちゃったっていう、そんな下世話な話だろうが。妙にきっぱりと、決然とした、とか形容して欲しそうなあの口調はなんだよ。その横で思いつめた顔して俯いちゃってさ。笑えるんだよ。最初はそりゃお互い「まずいよな」ってのはあって、でもそんなのセックスを盛り上げる小道具だからな。溢れに溢れた欲望が決壊する瞬間はどうだったんだ? 「悩む君を見ていられなくて」「……どうしよう、困る」とかで、それが「ほら、あいつより……」「私、もう余計なこと考えないから。……あ、そこは」で粘膜摩擦なんだよ。分かってんだよ。変にキレイ事にすんじゃねぇよ。そんなもんだよ、実際。

 友人と彼女の関係がどうのように始まったのか、それを追及する気はないのだ。知ったところで何にもならない。私と彼女がそうであったように、友人と彼女との間にもピンクの恋が生まれたのであろう。仕方のないことだ。しかし気がつくと口汚い言葉で友人と彼女の関係を貶めようとする自分がいる。
 彼女を放っておいたのは私だ。彼女の不貞を罵る権利は私にはないし、そもそも「不貞」などではないではないか。友人は私などより優しく、経済力も包容力もあるだろう。私との関係で絶望し、疲弊しきった彼女が友人に惹かれる気持ちも分かる。また彼女も十分魅力的ではあるし、私が捉えられなかった魅力も友人は発見したのかもしれない。
 しかし、しかしだ、彼女の魅力を一番理解しているのは、やはり私ではないのか。彼女の危うさを私は本当に愛していのだ。大体、なんだ、あいつは。ふざけるな。上前を刎ねるように、トンビが油揚げをさらっていくように、私が紡ぎだした彼女という美しい詩を横取りしやがった。
 ……いや、友人に当り散らすのはお門違いもいいところだ。友人はいい奴なのだ。私は何度も助けられてきた。祝福を送れるほどの心境にはなれそうもないが、一方的に呪詛の言葉を呟いていても仕方ないではないか。
 結局、私はただの負け犬というやつだ。月にでも吠えていればいいのだ。



『恋人よ

こんな僕を見て、君は惨めだと思うだろうか。
すでに僕を見限った君が、改めて僕を見放すだろうか。

負け犬は月に吠えるものだ。吠える対象が見つけられないからだ。
だから、遠吠えを聞かせてやろう。

月のような恋人よ、
もはや僕は君に噛みつくことさえ出来ないのか。』



 月に吠えようと思ったが、部屋にいては月が見えない。それどころか雨戸を閉め切っているので、昼夜の区別すら曖昧だ。
 何となくテレビをつけてぼんやりと画面を眺めていても、内容が頭に入ってこない。どの若手芸人コンビが権威ある(とメディアによって位置づけられている)コンテストで優勝しようが、確かにそれで一時的かもしれないが露出は増えて彼らは風呂なしアパートからいきなり高級マンションに越したりして、でもお笑いブームが終わったらどうしようという不安や寂寞を抱えながらも人を笑わそうとしたり役者に転向したいなとか考えたりするんだろうが、楽しそうに笑っていても人生は憂鬱だとか私も漠然と考えたりもするが、結局、それは私には関係ないのだ。ニュース番組やワイドショーでは、格差社会や芸能人の結婚離婚や殺人事件、あらゆる事柄に対してコメンテーターが訳知り顔で語ったり、曖昧な笑みでやり過ごしたり、眉間に深刻な縦ジワを寄せる。司会者は通り魔事件の犯人にきつい言葉を浴びせ、社会正義を背景に、視聴者の代弁者面だ。一貫したメッセージは「ちゃんと生きろ」か。お前に何が分かる? ちゃんとって、どんなだよ? もちろん私も分からない。司会者は番組が終わると愛人とえげつないセックスを2セット位して明日に備えるのだろう。多分。いいな、奴はちゃんと生きてるな、と私は画面に曖昧な笑みを投げる。ああ、つまり無内容な私に無内容なテレビの内容が入ってこないのは当然でテレビを見る必要はないよう、と気づいた。誰もが「お前に何が分かる」と言いたげだが「分かって欲しい」という目をして「分かるだろ?」と語りかけてくるだけだ。ただの侵食だ。テレビのアンテナを引っこ抜いた。

 例えば映らないテレビを眺めていたりして、そこから視線を手元の灰皿に移したりしたときに、視界の端を黒い影のようなものがサッと横切る。何なのだろうと気にはなるが、深く追求する気にはならない。小人とか妖精とか幻覚とかそんなものだろう。こんな生活をしていればこのくらいのことはあるだろう。そう思っていたら「よくあることだよ」と地元の友人が言った。奴も年季の入った引きこもり生活を続けているから、こういった精神状況に特有の幻覚なのかもしれない。慣れてしまうとあまり気にならなくなった。
 ところで引きこもりの友人と話すのは久しぶりだったが、はて、奴は携帯などとうの昔に解約して人付き合いを断ったはずだ。わざわざ実家から電話してきたのだろうか。いや、私の携帯の電源もずっと切りっぱなしで、第一、料金未払いで利用停止のはずではないか。しかし、確かに奴とお互いの現状について談笑した記憶があるのだ。どうゆうことだ。自前の電波同士で通話したということか。
 まぁ、これも深くは考えまい。