もうこはん日記

いまだ青い尻を晒せ

恋文地獄篇2~夏~

『拝啓
愛しい恋人よ

夏が来ています。
外はきっと夏の匂いがして、それを感じれば、あの日の僕に戻れるような気がするかもしれません。
でも、所詮は錯覚なのです。

君と会ったのは、夏だった。
あの頃は、吐き出す感情のままに生きてゆける気がしていた。
何かに追いかけられる夢をよく見た。得体の知れない怪物に崖に追い詰められて、思わず手を握ると、そこに柔らかいものがあった。目を覚ますと、隣には君がいて、僕の手を握っていたんだ。
君はとても柔らかく、僕は宝物を手に入れた気分だった。

いつの間にか、僕はあの日の君と同じ年齢になっていた。どうにも不思議な気分だよ。
いまでは、もっと君を理解できる気もするけど、結局は分からない。
あの頃から、君は母を演じる女の眼をしていたのか。

白く柔らかな、僕の恋人よ、
僕は手紙を書き続けます。
ただ、それだけです。』



「いま、川にいるの。でも、この川、ちっとも流れない。流れがないから、腐ってるの。河原はね、ゴミ溜めみたいになってて、きっと、なにかの死骸とかが紛れてて、それも腐ってるの。でも、それも全部、嘘。何もないの」
 電話の声は明らかに酔っている。行過ぎた口喧嘩の末、彼女が部屋を飛び出して、ちょうど三時間後だ。錯乱して話す彼女の声の後ろに、定期的にガラスが割れるようなパリンパリンという音が聞こえる。何をしているのだ。
 どうにか居場所を聞き出して、彼女を迎えに行った。私が着いた頃にはもう酔いも覚めたのか、一人ちょこんと膝を抱えて座っていた。辺りには酒瓶の破片が散乱している。彼女がこれを全て飲み干したのだろうか。パンクな風景だ。

 もともと、彼女は情緒不安定気味であった。それを目の当たりにすると、最初は戸惑いもしたが、そんな彼女に愛おしさを覚える自分がいた。普段の彼女からはそんな様子は伺えない。例えば、友人を交えての席では常に周りに気を使い、会話の切返しにも機転が利いてそつがない。「いい子じゃないか。お前と付き合ってるのが信じられない」と言う友人は、彼女のこんな姿を想像もしないだろう。「外面いいの」と彼女は言う。外に見せない姿を、私にだけは曝け出す。私も同様に彼女に無様な内面を披瀝する。関係は、そうしたことの積み重ねで強固になってゆくのだ。
 しかし、「特別な」お互いの関係も、やがては日常化される。感情のぶつかり合いは、いつしか痛みや疲労だけを残すものに変わってしまうのだろうか。彼女の複雑な家庭環境や、そのなかで形成された自我、その自我に対する抗い、やりきれなさや悲しみ、そして、確かな力強さを探り出し、新しく発見し、心が直接に触れたように感じた瞬間を、彼女の全てを肯定したいと思ったことを、私は覚えている。どうしようもない私を、彼女もまた受け入れてくれた。
 いまはどうだ。食事中の何気ない会話がマイナス面の琴線に触れたらしく、急に塞ぎこむ彼女に、私はなんとも言えない煩わしさを感じ「せめて食器くらい洗ったらどうなんだ、飯食った後ですぐに横になるな、豚になるぞ、このアマ!」と怒りを露にする。いまの私は彼女の精神面よりも、わざわざ二時間かけて作ったのに中途半端で食べ残されたアクアパッツァに同情する。食器を洗っていると「でもさ、その食材は私が買ったんだからね。今回だけじゃなく、毎回だけど」という嫌味な声が聞こえる。「問題はそういうことじゃない!」と私は声を荒げたが、実はそういうことかもしれない。
 鷹揚さとして捉えられていた私の美徳は、いつしか恋のフィルターが外れると、だらしのない金銭感覚として認識される。私の「繊細さ」などは、怠惰な生活の言い訳にしか機能していないことに気づき、彼女は声を上げて糾弾する。
 だが、それも仕方のないことだ。関係とはそういったものでないか、と私は悟ったような顔をしてみる。最初から、そんなことは分かっていたのだと。そして、そんな私に当てつけるように、彼女の情緒不安定の発作は頻度と過激さを増していった。最近では、その周期を読めるような気さえしてきた。

「ああ、もう夏の匂いがするね。夏の夜の匂いだよ、もう」私の言葉に、彼女は答えなかった。土手沿いの道、私の少し後ろを彼女は黙ってついてくる。外灯の間隔が広く、道は薄暗い。空には月がよく見える。
「……ごめん」暫く無言の散歩が続いた後、彼女がポツリと言った。「いいよん、別に」と軽く答え、しかし、私は考える。きっと、私のせいなのだ。情緒不安定はもともとの性質としてあったとしても、それを助長させているのは、私なのだろう。
「私、なんでこんなんなんだろう……」歩みを止め、呟く彼女。
「……もっとさ、じゃんじゃんやったって、いいんだぜ。我慢しても辛いだろ? でもさ、さっきのは凄かったなぁ、もはやパンクだよ、パンク。君がシド・ビシャスで、俺がナンシーで、あ、それじゃ逆か。でも……」私の言葉は、途中で悲鳴に変わった。彼女は私のリクエストに答え、腰の入った前蹴りを放った。パンクだ。不意を衝かれ、私はコントのように土手を転がり落ちた。
 ふらつきながらも土手を登ると、彼女は地面にしゃがみ込んでいた。
「……なにすんだよ」「そうやってさ、いつも私のこと、ネタにしてるでしょ? 友達に、笑いながら話すんでしょ?」「いや、でも、それは……」「やっぱり。信じらんない」「だから、それは愛だから。愛があるから、笑い飛ばせるんじゃないか」「なに、それ」「君が変になっちゃったときは、いつでも横に俺がいて、冗談にして笑い飛ばしてあげるよ。つまり、愛じゃないか」「……意味が分かんない」
 彼女はしゃがみ込んだまま動こうとしなくなった。私は彼女の横に座って、煙草に火をつけた。 
 
「あなたは、私にも甘いけど、自分にも甘いんだよ」ようやく腰を上げ、彼女は言った。
「……なんか、ずっと不安なんだよね」「何が?」「一緒にいてさ、意味あるのかな」「……まぁ、大丈夫だよ」「大丈夫じゃないじゃん。学校卒業したら、どうすんの? いつも口ばっかりで、結局何もしないじゃん」

 この春に立ち上げた劇団「Hマン☆リーダーズ」は第一作の『男色男爵の冒険~華麗なる招待状~』の脚本が進まず、稽古すらしていない。唯一の演劇経験者のメンバーには、私の書いた冒頭の「唾棄すべき、唾棄すべき我らの日々」という独白から、どのように当初予定していたセクシャルコメディへと発展するのか、お前がやりたいのはアングラなのか、エンタメなのか、と詰問された。ビジョンはあるのだ。この後、インテリ青年ピョードルが庭師として男爵の屋敷に雇われ、めくるめく官能の薔薇族が咲き乱れ、そこにパリの都を騒がす女怪盗ノサール夫人が……というあれで、あれ的なあれになるのだ。色々思いつくけど、うまく形にならない。
 また、同時期に結成したバンド「鬼瓦」では、ボーカルを担当することになったが、彼女が「音痴っていうのも音楽的個性になるかもね」と言い垂れ、私は気を悪くして練習に行かなくなった。いまでは別のボーカルがいると聞いた。
 ならば、俺は独りで小説を書く、小学生時分にホームズに憧れていた俺であるから、ミステリーだ、さらに私小説の要素も入れて画期的なものに、これはきっと傑作になる、新人賞の賞金は何に使おう、もう獲ったも同然、何故なら俺には才能が溢れているのだ、と息巻いて書き始めた小説『留年探偵小林の事件レポート~ノスタルジーに爆弾を~』はプロットの段階で頓挫している。肝心の犯罪トリックが全く思いつかない。漫画喫茶で『名探偵コナン』を全巻読破したが、無駄に終わりそうである。
 要するに、私は何者でもなく、また、何者になる予定も意思もなかった。私には、怠惰なぬるま湯生活と、彼女との時間しかなかった。

「何がしたいの? ……本当は、したいことなんて何もないんじゃないの? そんな人と一緒にいて、不安になるの、当たり前でしょ?」
 不安定で、不器用で、脆弱で、そんな内面を、お互いに愛しく思う。ときに倒れそうな相手を支えるのが、共にいることの意味であると思われる。しかし、私の身勝手な「繊細さ」と圧倒的な怠惰はこの先、もたれかかった彼女を押し潰そうとするだろう。そして、それに耐え切れない彼女は更に暴発を続け、私を疲れさせ、またそれを言い訳にして、私は怠惰を享受する。見事な悪循環、改善の余地がありまくるよ。ああ、私はなんてどうしようもない人間なんだ。でも、「どうしようもない」はどうにも仕様がないから、どうしようもないのだ。開き直った私は、ますますどうしようもない。

 別れを思う度に、私のなかの彼女の存在の大きさに気づく。また、彼女もこんな私が必要であるらしい。いまのところは、ではあるが。関係は破綻にベクトルを向け、しかし、一方で強く結びついてゆく。
 さて、私はどうすべきなのか。断ち切るべきか。だが、ハサミを握る勇気がない。こんがらがるのに任せ、磨耗した糸は自然に切れるのか、そのまま硬く一個のダマになるのか。私には、分からない。なるようになればいい。

「人生なんて、オブラートに包んで、そのまま飲み込んじまえばいいんだぁぁ」
 私は意味も分からず叫び、さっき転がり落ちて這い上がった土手を、今度は一気に駆け下りた。
 そして、加速に任せて、飛んだ。踏み切りで少し足がもつれたので、あまり美しい飛翔ではなかっただろう。そして、着地点は文句なく美しくないドブ川である。臭い。ぬるぬるする。川の深さは私の胸までしかなく、それは泳げない私には幸いであった。何よりヘドロ水を飲まずにすんだ。
「……まぁ、いいんじゃないのかな。一緒にいたら、何とかなるよ。それに、こんな川に飛び込める男なんて、なかなかいないよ? 面白いでしょ?」流れのない川に浸かったまま、私は土手を降りてきた彼女に言った。
「……面白くない」答えた彼女の表情は僅かに月明かりに照らされるだけで、はっきりとは見えないが、何となく微笑んでいるような気がした。普通に考えれば、本気で呆れている可能性の方が強いのだが、私にはそう思えたのだ。とにかく、早くアパートに帰ってシャワーを浴び、二人で映画のDVDでも見ようと思った。

 きっと、私の求めているのは、あらゆるものを直視しないための麻痺剤だ。望んでいるのは、曖昧に続く永遠なのだろう。



『拝啓
恋人よ

あの頃から僕は観念論めいた話をよくしていました。
それで何かを分かった気になったり、頭の良いフリをするのが好きだったのでしょう。

永遠を妨げるのは時間だ。時間の流れと並ぶほどの速度で動けば、時間は止まって見えるはずだ。永遠に近づくには、限りなく加速してゆけばいい。加速された人生と思考が必要なんだ。
飲みなれない酒に酔った頭で、相対性理論をインチキにしたようなことを、多分、本気で考えていた。

アルコールのような、僕の恋人よ、

永遠が瞬間にしかないなら、永遠になり得る瞬間を限りなく連続させればいい。
酩酊状態で見る世界は新鮮だった。
酔っ払ったように生きたい。
僕は確か、そう願っていたはずだ。』



 夏季休暇をフルに活用し、ギラギラした日差しの下、白々しい冷房の室内で、彼女はその繊細さを爆発させた。

 私の部屋にやって来た彼女が、布団から出ようとしない。日がな一日、布団に包まっている。トイレにもタオルケットに身を包んで、もぞもぞと這うようにして行く。食事すらまともに摂らず、私からパスタなどを受け取り、布団の中で食べ、空になった皿を差し出す。何のつもりなのか。まるでカタツムリのようだ。
 三日目の午後、ふと思いついて冷房を切った。やはり暑いのか、あっさりと布団から出るとシャワーを浴び、さっさと自分のアパートに帰っていった。

 近所の大衆酒場で飲んでいると、向かいの席に座った中年カップルを彼女が睨みつけるように凝視している。枝豆を口に含んで、中年カップルに向けて豆鉄砲のように発射しようとするので、皿を取り上げた。すると今度は私の焼酎を飲み干し「あんた達はね、傷つけられる家族の気持ちとか、分かんないでしょ」と叫ぶ。
 中年カップルに漂う生臭い雰囲気と彼女の言葉で、何となく状況が飲み込めた。しかし、世間はエゴに溢れているのだ。それぞれに、それぞれの事情があるのだ。みんな勝手にするだけだ。安居酒屋で不倫相手と機嫌良くツクネを頬張り、慰謝料と養育費の算段をするのも、勝手だ。日本国憲法に保障されている。いちいち無関係の人間に絡んでも、仕方のないことだ。彼女の痛みは想像出来るが、いまは明らかに錯乱している。
 男の方がこちらを怪訝そうに見てきたので、私は彼女の口をオシボリで塞ぎ、出鱈目な般若心経を唱え、その場を誤魔化した。創価学会、法の華、真光、統一教会、エトセトラ……何でも良いから、彼女の魂を救済したまえ。ほら、救ってみなさい。きっと、本当には救えやしないぜ。
 店を出ると彼女が言った。
「きっとね、あなたもさっきみたいなオヤジになるよ。最低だね」

 ある日、彼女の部屋に行くと、ベランダへ出る窓一面に、極彩色で前衛画のようなものが描かれていた。よく見ると、それは巨大な男根だった。その周りにはアフリカの動物と、打ちこわし一揆に向かう江戸時代の農民が描かれている。
「これは、なに?」「……アメリカ」と彼女は妙に満足げな顔で答えた。
 アートに包まれた一日だった。

 花火大会では上手く穴場のポイントを見つけ、タコ焼きとビールもやけに美味く、機嫌良く帰路に着いた。最近の私たちには珍しく、カップルめいた雰囲気を濃厚に出していたと思う。
 私のアパートに彼女が泊まることになり、何気なく夜のニュースを見ていると、中国産冷凍食品の管理問題を報道していた。私が中国人を揶揄するような発言をすると、彼女はそれに激しく抗弁した。それが口火となり、次第に重苦しい雰囲気が室内に漂う。
「将来について、不安はないのか」と、またいつもの詰問を始める彼女。私は「うん、まぁ今は詩とか作っててさ…」とあからさまな出任せを言う。「では、聞かせてみろ」と彼女。私は嵐を覚悟した。しかし、予想に反して、ヤケクソ即興で私が詠んだ「唾棄すべき啖呵短歌で痰絡む東西南北壁壁壁壁」という短歌を、彼女は何故か気に入ったらしい。「ポエム・ブーム!」と叫ぶや、お返しにと、ギターを手に『私の彼はナメクジ男』という即興曲を披露してくれた。いつもウジウジしているナメクジ男は、最後には自分の涙で溶けてなくなってしまうらしい。
 彼女の方がよっぽどポエジーに溢れている。私はやや複雑な気分だった。

 一日のうちで、彼女の表情は目まぐるしく変わる。気分はローからハイ、更にハイを振り切そうになり、次の瞬間にはどん底に落ちる。私を求めるように甘え、突き放し、笑っては泣き、罵倒して、そんな自分自身に戸惑う。全く、彼女は私にとって格好の麻痺薬だ。彼女の感情を眺め、振り回され、密着し、それだけで日々は過ぎてゆく。



『拝啓
恋人よ

アルコールであろうが、薬であろうが、いつかは醒めてしまうものです。人の心も、また同じようなものと、分かってはいます。

酩酊感の連続を、永続する瞬間を。
永遠を求めるのなら、加速し続けるしかない。
でも、加速すればしてゆくほど、それが止まってしまったときの揺り戻しは大きい。惨めな二日酔いに歩みをとられ、禁断症状に身をよじり、いつしか動きを止めてしまう。
それでも、と加速を続けた先には、何があるのだろうか。オーバードーズの機能障害とズタズタの内臓で、たどり着く先は、「永遠」なんだろうか。

麻薬中毒者の恋人よ、
君は加速し続けているのだろうか。
あらゆる煩わしいものを振り払おうと、いまでも君はもがいているのだろうか。

悩める恋人よ、
僕は歩みを止めてしまったのかもしれない。
それでも、僕は君を失う代わりに、君という麻薬を手に入れたんだ。』



 ハルシオンは現在手に入るベンゾジアゼピン系睡眠薬のなかでは、最も優れた薬剤であると言われている。強力で即効性があり、吐き気や頭痛といった身体的不快感を伴わず、内臓にダメージを与える心配もない、らしい。だから、そうした薬剤愛好者にとっては、まさに夢の薬で、医者もそういった状況をわきまえているから、なかなか処方してくれないという。
 ある女の子がそれを分けてくれると言ってきた。彼女はとても美人なのだが、バリバリに気合の入った精神暴走を続けており、今回、医者にハルシオンを処方されたという。「私って、すっごく真面目な患者だって思われてるんだ☆」彼女はチャーミングな笑みを浮かべた。どうも、私の周りにはこういう女性が多い。私は、もしかしたらモテモテなのか。合コンでの戦績は惨憺たるものだったが。いっそメンヘル女専門に絞ったら、かなり美味しい思いが出来るかも知れない。すぐに胃を悪くするだろうが。

 青い玉のような錠剤を飲み込み、イヤホンをつけ、耳に心地の良い音楽を流す。夏のギラギラとした日差しの中、私は歩いた。
 目を瞑るとセミの鳴き声が網膜の裏側に緑の色彩を呼び、目を開けて太陽を見ると白過ぎる白が所謂白天という奴だな、という私の呟きと共にグニャリと空間を歪めた。耳からの音楽はいつの間にか、鼻が詰まっているような女の声に変わり、それはどこかで聞き覚えがあるものだった。火がユラユラと燃え、夜のプールに全身白塗りの男たちが飛び込むイメージが浮かぶ。
 あれ、このような効き方をするなんて、本に書いてなかった、想定外であるぞ、大丈夫か、これは、と私は自分のアパートに引き返した。台所の戸棚からウィスキーを取り出し、ちょっとまずいかなぁ、と独り言を呟きつつ瓶からラッパ飲みした。何故そんなことをしたのかは、自分でもよく分らない。きっと、そんな気分だったのだろう。



『恋人よ

僕は四方を壁に囲まれています。見えるものは壁だけです。部屋の隅にあった鏡は叩き割りました。
高い塀は世界を遮断しています。余計なものは何も聞こえません。
君のことを思う以外に、僕は何もしていない。そして、君は永らくの不在です。
客観性が失われ、主観だけの世界に、もはや時間の流れは感じられません。

恋人よ、
むかし考えていた方法とは違うけれど、僕は永遠を手に入れた気がします。
永遠の恋人よ、
君はこれをどう思う?
やっぱり僕には分からない。分からないことも、もう分からない。
やっぱり僕は願ってしまう。
頼むから、答えてくれ』



 突然に自分が誰で、いまどこにいるのか思い出した、そんな感じで意識が戻った。
 部屋の中は薄暗く、もう日も暮れようとしているらしい。六畳間の真ん中に、何故か正座をしている自分。その横に彼女がいた。いつ来たのだろうか。彼女は泣いている。
「何があったんだ」と聞くと「そんなにその人がいいなら、さっさといなくなってよ。私、なんなの」と泣きじゃくりながら言う。全く記憶がないのだが、不味いことを言ってしまったらしい。婉曲に聞き出そうとしているうちに、私は急に全てが面倒になり、露悪的な感情に任せいままでの不貞を全てさらけ出した。もっとも、全てギリギリのところで未遂で終わっている。彼女と付き合っている間、多少の余所見はあったが、基本的には彼女一筋であった、と思う。
 ハルシオンには自白効果もあるのだろうか。そんなことはないはずだ。だが、舌が妙にもつれ、この状況に現実味が感じられないのは確かだ。

 唾を飛ばし、間断なく言い訳や開き直り、甘言、誇大妄想を喋り続ける私の横で、彼女はテーブルの上に残った青い錠剤をウィスキーで飲み干した。流石に心配になり、吐き出さそうとしたが、彼女は私を跳ね除け「寝る」と言って布団を被った。だが、彼女は眠るどころかブツブツと「ネズミが、ネズミが言うの」と呟き続ける。ネズミとは何のか。尋ねても「ネズミに怒られるから」と答えない。
 彼女の呟きは一時間ほどで終わり、寝息を立て始めたが、私は深夜になっても眠れなかった。この世界は、いや、私だけの世界が、実は大きなネズミの見ている夢であって、彼女はそのネズミが遣わした監視役なのではないか、という妙な妄想に囚われ、非常に不快なトリップを味わった。
 まるで、地獄絵図だ。生ぬるい地獄だ。そして、私のせいで彼女までそこに浸かっている。

 無為で怠惰で馬鹿らしく、だが愛おしい毎日が続けばいい、そう思う一方で、私は二人の関係に疲弊を感じ始めていた。それは、もちろん彼女も同様であったのだろう。
夏が終わる頃には二人で会うことはあまりなくなり、連絡も徐々に途絶えがちになっていった。