もうこはん日記

いまだ青い尻を晒せ

犬に喰わせろ

『座敷犬の膨れる下腹は飼い主の寂しさと正比例である』

「私は結局,座敷犬が欲しいだけなのね」
そんなことは分かっている。それよりも,夕飯は何を食うんだ。それが問題なんだよ。朝からテレビは暗いニュースを垂れ流し,天気も良かったのに外出もせず,気が滅入って腹が減ったんだ。
「食うだけ食ってゴロゴロして,あんた何なのよ。この人豚!」
「…お前,飯の中に太る薬でも入れてやがるんだろ」
殺伐とした会話を楽しむような,いつもの冗談めいた空気がしぼんでゆく。蛍光灯が白々しく部屋を演出する。女の表情には暗い影が落ち,男の下腹にはだらしなく贅肉がついている。

気の抜けない仕事。それだけに遣り甲斐もある。好きだった旅行は滅多にいけなくなったけれど,習い事やレンタルビデオや演劇鑑賞,休日の楽しみもある。仕事帰りには商店街で買い物,部屋は清潔に。毎日の生活は,小さな積み重ねで彩ってゆくものだ。
一人暮らしを始めてから,料理もずい分覚えた。新しい食器を買った。ちょっと手の込んだ料理なら,きれいな器に盛り付けたい。久しぶりにテレビを見る。連続ドラマは途中何話か見逃して、もう話の筋が分からない。テレビを消すと部屋は静まり返る。何となく食欲がなくなって,料理を残す。もう慣れたはずなのだ。生活とはこういったものだ。余った料理は冷蔵庫に。でも,明日それを食べる気はしないだろうな,とラップをしながら思う。
そういえば,あの男はよく喋ってよく食べる。不毛なことは分かりきっていても,女はメールを打ってしまう。
「良かったら、またご飯食べにこない?」

流し台には洗物がたまっている。散らかったテーブルの上はメキシコの荒野で,公共料金の督促状がサボテンのようだ。滞っているのは生活だけでなく,ツケはあらゆる所に回り始めている。
小金が入れば飲みに行く。ろくにツマミもとらずに安酒ばかり注文する。べたべたした日本酒は内容のない言葉になって吐き出され,場末の飲み屋に消える。気が付くと同じ事ばかり喋っている。喋ることなど何もないが,喋りつづける。部屋に帰って目を覚ませば、誰を相手に何を話していたのか思い出せない。立ち行かないな,と呟いてまた目を閉じれば、次に目を開けるのは夕方。
楽しかったり悲しかったり,それを感じているのは自分という曖昧な主体であって,周りの事なんか大した問題じゃない。いま自分は楽しくないと感じている。それだけだ。夢の中でも誰かに無内容な事を喋っている。つくづく頭が悪い。からっぽな頭に今更何を入れる?しかし,からっぽな胃袋は訴える。何かを入れてくれと。そういえば,腹が減った。
ガスコンロをひねると,一瞬火が出てすぐに消えた。いよいよ止まったのだ。男は気の抜けた笑みを浮かべながら,メールを打つ。
「何かこう、景気のいいもんがいいな。天ぷらとかさ」

大皿一杯に盛られた天ぷら。よく見ると,その殆どが衣がはがれかけていて不細工だ。
見るからに火が通っていないオクラを箸にとり,すぐに皿に戻して女は言った。
「…油の温度が悪かったかも。悔しい。無理に食べないで」
レンコンの挟み揚げを飲み込んで,男は答える。
「別に食えるよ。美味いよ。すげえ腹減っててさ」
二合炊いたご飯もなくなった。失敗した天ぷらも,冷蔵庫の残り物も明日帰る頃にはなくなっているだろう。食うだけ食って寝転んでいる男に、多少の意地悪が言いたくなる。
「将来とかさ,どうするの。別にやりたいこともないんでしょう」
男は勝手に冷蔵庫からビールを出して飲み始めた。そして,いつものように遠まわしな表現で言い訳を始める。気が付くと関係のない話題になっている。口だけはよく回る。
しばらくすると女は眠くなる。明日も早い。男は今度はハーゲンダッツを食べ始めた。勝手に。本当に良く食べる。そう思ってるうちに寝てしまう。

逃げ出してきたのだろう。女は分かっている。
じゃあ何で呼ぶのか。しかし,男はその言葉を飲み込む。
女は飲み込んでいる男を分かっている。どうせまたここからも逃げ出すのだ。
二、三日で男の血色は良くなり,ろくに運動もしないので一週間が過ぎる頃には太り始める。
何にもならない生活に女は苛立ちはじめ,それでも毎日食材を買ってくる。日々の不毛さは不毛な皮下脂肪となって,男は陰気さを増してゆく。
「帰って」「帰るよ」
この言葉を待つようになる。

部屋を出た後、足取りは軽い。この脂肪を燃焼して,何かが出来る気がする。毎日ちゃんと飯食わなきゃだめだよな。それから外にも出なきゃな。もう十分引きこもったよ。しかも快適に。ただ,帰ったらいよいよ水道も止まってんじゃないか。恐いよな。部屋もまだ寒いだろうな。あと胃袋が広がっちゃったみたいで,やたら腹減るんだよな。めんどくせぇ,飲みに行っちゃうか。しばらくはもつだろ。

男が出て行った後,沢山の「私何やっているのだろう」を生ゴミと一緒に出してしまう。冷蔵庫の中はすっきりとしている。気分もそうならないわけではない。ただ,残り物がたまったり,新しい食器が虚しかったりしたら,また懲りずにあの男を呼んでしまうのだろうか。まぁでも,たっぷりと太らせて帰したことだし,当分は来ないだろう。


繰り返される最後の晩餐。その最後の最後に何を作るか。
例えばカレーだ。
冷蔵庫の残り物も、古くなったワインも,愛も後悔も夢も金も怠惰や憤怒や過去や友情や未来や人生やふしだらな兄嫁も姑もあの夏の写真も春風もさらにはあんなものやこんなものまで,炒めたり下茹でして,最終的には鍋にぶち込んでカレーを作ろう。
そして,それを犬に喰わせろ。



以上,小説風「だめんず・うぉ~か~」でした。
まとまり悪いけど。
飯を食うは非常に大事ですわよね。何処で,誰と,何を食うのか。
例えば,昼間から喫茶店でハヤシライスなんか食べてると,優雅で幸せな気分になります。出来るなら,ビールもつけたりしたい。
でも,財布を見たらビールつけるのはちょっときついですな。
さて,何を食べよう。


ぱぱい。